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森戸海岸|湘南の各海岸画像

森戸海岸

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森戸海岸は西側に富士山・伊豆半島が見え夕陽が沈む時には、
言葉にできないほどの素晴らしい夕焼けが望める。

葉山で生まれ育ち、この海岸をこよなく愛した石原裕次郎さんを偲んで、通称、裕次郎灯台が見える。
夕陽がきれいなところである。

とくに森戸神社横からの夕陽の景観はすばらしい。

富士山や江ノ島を見晴らすその眺望は「森戸の夕照」と形容され、かながわの景勝50選に選定されており、快晴の夕方にはその夕陽を捕らえようとするカメラを抱えた人々が連なって人だかりができるほどに。

また隣接している森戸神社は歴史的に深く、平治の乱に敗れて伊豆蛭ヶ小島に流刑となった源頼朝が、源氏再興を三島神社に祈願したところその宿願を果たしたので、三島神社の分霊を元山王の社地であった当地に勧請したのが創建とのこと。

また、この頃の森戸は、「杜戸」とも記されており、霊地、および行楽地として知られ、頼朝が別荘をたてて、笠懸を催したり、三代将軍・源実朝や四代将軍・藤原頼経も来遊した記録が残されている。

鎌倉時代末期には京阪地区にも名が知られていたようで、神社には鎌倉時代末期に在位した後二条上皇や花園院上皇の院宣が収蔵されており、その後、戦国時代の天正19年(1591)江戸に入府した徳川家康は7石の朱印を森戸神社に与えた。

現在は、葉山の総鎮守として、祭神に大山祗命と事代主命を祀っている。

神社の裏には樹齢800年と言われるトビビャクシンの大木や千貫松があり、いずれも源頼朝に纏わる伝説がいまも語り継がれている。


社殿に向かって左側の海を見下ろす海岸線沿いに、
平成元年(1989)に建立された俳優・石原裕次郎を偲ぶ碑が。

石原慎太郎氏自筆の詩
「夢はとおく 白い帆に のって 消えていく 消えていく 水のかなたに 太陽の季節に 実る 狂った果実たちの 先達 石原裕次郎を 偲んで」

葉山を愛していた裕次郎の気持ちが伺える詩。


石原裕次郎碑の前に広がる松林の中には、
ドイツ人医師・ベルツとイタリア公使・マルチーノの顕彰碑が。

二人は、明治10年代に葉山に来訪して、
保養地としての葉山の適正を大きく宣伝し、現在の葉山の礎を築く。


その後、明治中期以降、泉鏡花、徳富蘆花、 国木田独歩などの文化人が葉山にしばしば訪れ、保養地として全国的な知名度を誇るように。


明治天皇 海辺雪 歌碑
「海人ばかり すむとききつる くれ竹の 葉山のうらは ひらけけるかな」

照憲皇太后 里神楽 歌碑
「くれ竹の 葉山の宮に きこゆるや 森戸あたりの かぐらなるらむ」


森戸沖の沖合い約700mに赤い鳥居が目印である名島という無人島があります。
島内には、龍宮が祀られており、夏の間には渡し舟で島まで渡れます。

ちなみに葉山の夏の風物詩である葉山海岸花火大会の花火はここから打ち上げられます。

森戸神社の参道脇から海水浴場に向う脇道に朱塗りの橋がありますが、これは「みそぎ橋」と呼ばれ、かながわの名橋100選にも選定されていて、「みそぎ」とは重大な祭事の前に海水を浴び、罪穢れを祓いのけ、身を洗い清める。という意味があるそうです。